1.日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ

筆者から:この史譚は歴史的事実を踏まえつつ、推測と想像を交えて書いています。小説らしからぬ創作ですので、すべてを事実と誤解なきようにお願いします。

 

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 『清左衛門残日録』という時代劇があった。NHKの金曜時代劇枠で1993年の4月2日から7月9日まで、計14回にわたって放送された。

 主人公は「三屋清左衛門」という武士で、齢は52、3年前に妻「喜和」を亡くしている。120石の御小納戸役から始まり、役料50石を合わせ320石取りの江戸屋敷用人を勤めていたが、藩主の病死を機に家督を長男「又四郎」に譲った、という設定である。

 引き継ぎと後進の指導を終え、

 ――30年ぶりに国許で悠々自適の暮らしを送れる……

 と思ったのも束の間、藩を二分する政争に巻き込まれていく。

 タイトルになっている「残日録」は、清左衛門が隠居後の日記に付けた題目である。新しい藩主が建ててくれた隠居所で新しい暮らしが始まった第1話《醜女》の冒頭、清左衛門が"よくできた嫁"の「里江」に、

 ――日残リテ昏ルルニ未ダ遠シの意味だ。

 と説明する。

 ――残る日を数えようというわけではない。

 と清左衛門が付け加えたのは、よほど気に入っていることの証であろう。

 原作は藤沢周平さんが1985年から89年にかけて「別冊文藝春秋」に連載した小説『三屋清左衛門残日録』である。収録されている15のエピソードは武家と町人、農民が交錯するご隠居の日常が軸となっている。権謀術策、チャンバラのシーンがあるにはあるが、淡々とした日常のなかで徐々に高まっていく緊張感が、根強い人気を得たものと見える。

 時代劇ではあるけれど、長男又四郎やその妻里江とのやりとりはホームドラマ町奉行「佐伯熊太」が持ち込んでくる相談ごとは探偵もの、涌井の女将「みさ」との関係は淡い老いらくの恋、藩主をめぐる派閥抗争は企業戦士ものと見ることもできる。

 凄惨な斬り合いはほとんどない。だけでなく、絶対的な善人も根っからの悪人も登場しない。あえて言えば、登場するすべての人物は善人ないし、信念に基づいて「よかれ」と思って行動している。なのでありがちな勧善懲悪譚にはならないし、鞍馬天狗月光仮面のような英雄譚にもならない。安定した視聴率を獲得した理由は、テレビ時代劇のイメージを根っこから変えたことにありそうだ。

 実際、NHKの金曜時代劇から13年も経った2016年と2017年、BSフジが開局15周年記念特番として「登場篇」「完結篇」の2作を、2018年2月にはやはりBSの時代劇専門チャンネルが開局20年記念番組として「三十年ぶりの再会」を制作・放送している。再ドラマ化に取り組んだのが地上波でなくBSだったのは、テレビの若者離れ、視聴者の高齢化が背景にあるように思われて興味深い。

 「三屋清左衛門」を演じたのは、NHKが仲代達矢、BSフジと時代劇専門チャンネル北大路欣也、"できた嫁"の「里江」は前者が南果歩、後者が優香、小料理屋「涌井」の女将「みさ」はかたせ梨乃と麻生祐未、幼馴染みの町奉行佐伯熊太は財津一郎伊東四朗という"安定"の配役である。役柄にはまっていたのは誰か、初見がNHK版かBS版かにもよるし、人ごとに好みがある。

 ではあるのだが、これだけベテラン俳優が集まっているにもかかわらず、だからこそと言うべきだろうけれど、全体としていい色合いを醸している。脇役ばかりかちょい役まで、しっかり性格付けられているのは、何といっても原作の力というものだろう。

 ところで、舞台はどこか、時代はいつごろかを藤沢さんは明らかにしていない。ただ、藤沢モノの舞台は架空の「海坂(うなさか)藩」というのが定番である。すなわち、自身の生まれ故郷である庄内藩の鶴岡城下と見ておけば大きく外れることはない。

 もう一つ、時代のヒントになるのは清左衛門が通う中根道場の流派「無外流」である。この流派は、甲賀の生まれで江戸の小石川に道場を開いていた辻平内(諱は資茂)という剣客が立てた。徳川5代将軍綱吉の治世、延宝8年(1680)ごろ、自身の号「無外」に因んで唱えたという。全国に広がったのは江戸中期以後だそうだ。

 「残日録」には飢饉だの一揆だの、豪雨・豪雪・暴風・地震だのといった不穏な気配は全くない。世情が安定していた時期とすれば、藤沢氏が想定していたのは文化・文政(1804~1830)のころではあるまいか。

 

【注】本稿は様ざまな書籍、資料およびWikipediaやWebサイトの情報を参照して組み立てています。

今篇の参照は

●『三屋清左衛門残日録』(藤沢周平)文春文庫:1992年9月10日初版

● 三屋清左衛門残日録 - Wikipedia

●Webサイト

www.bsfuji.tv

www.jidaigeki.com

【口絵】写真は筆者

 

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