2.三屋清左衛門出自のこと

筆者から:この史譚は歴史的事実を踏まえつつ、推測と想像を交えて書いています。小説らしからぬ創作ですので、すべてを事実と誤解なきようにお願いします。

f:id:itkisyakai:20210704110311j:plain

井上ひさしさんが描いた「海坂」城下の地図

 藤沢さんの「海坂もの」は根強い人気があって、諸作品に登場する100以上の町や川、道場などの名をリストにして、地図を作ってみようというファン(研究者)もいる。最も早く地図作りにチェレンジしたのは作家の井上ひさしさんで、それは1980年代の末ごろのことという。

 「海坂もの」のファンに限らず、山形新聞鶴岡市の書店、地元の観光協会なども地図作りに参加している。鶴岡城下の古図をベースに、東西の軸を南北にしたり、町の名前を置き換えるなどして、海坂藩を再現しようとしているのだ。地上から消滅した町を復元する作業でもあって、結果、研究者は藤沢さんが海坂藩を構築するプロセスと、その小説世界を追体験することになる。

 それはそれとして、主人公の「三屋清左衛門」はどうだろうか。

 清左衛門が隠居する直前まで務めていた江戸屋敷用人の俸禄は270石(他に役料50石)である。それを現今の貨幣価値に換算する試みは、実はあまり意味がない。またm「上士並みの禄高」かどうかは、財政事情によって一律ではなかっただろう。ということで、これもまた判断は保留とせざるを得ない。

 ただ、海坂藩のモデルが庄内藩13万8千石であるとすれば、家老職は4千石、組頭なら1700石、上士でも番頭は200石ほどという記録が残っている。現代でいえばキャリアの管理職(課長・次長待遇か?)、清左衛門は海坂藩において下士徳川将軍家でいえば御家人)の家柄ながら大出世ということになる。

 江戸幕藩体制を維持したのは、戦国の軍制をそのまま継承しつつ、法令と文書をもとに政治を実現する官僚機構だった。将軍家(幕府)は3代将軍家光のとき(実態は2代将軍秀忠が大御所として実権を握っていたのだが)、家康以来の宿老制を改めて六人衆、老中、若年寄と機構改革を推し進め、それが人材の登用につながった。

 ところが多くの大名家はそれができなかった。「残日録」にあるように、前筆頭家老の遠藤治郎助と現筆頭家老の朝田弓之助、この両名を核とする派閥抗争を内うちに調停することでしか改革は進まないのが実際だった。外部から人材が流入しなかったことによっている。

 次に三屋家ないし個人としての清左衛門に焦点を当ててみよう。

 氏姓辞典で「三屋」を調べると、全国におよそ800人ほどだという。佐藤、鈴木、高橋、田中……と多い順から数えて9888番目と珍しい苗字ながら、福井、石川、富山の北陸3県にやや集中が見られるという。

 ——越中婦負郡三屋郷が起源。

 とする説と、

 ——福井県勝山市元町に居住していた新江氏に対して、太閤検地のとき、その住居である3軒の屋敷に因んで検知官が命名した。

 という説がある。

 「みつや」のほか「みや」「さんや」とも読み、通音する「三津谷」「三矢」「三谷」「光屋」「満屋」「宮」などとも表記する。昭和世代なら夏の定番「三ツ矢サイダー」、新東宝の女優「三ツ矢歌子」を思い出す人も少くなかろう。

 しからば「新江」はというと、元は「荒井」「洗江」と書き、栃木県那須塩原市鎌倉時代から居住していた塩原氏の支族が名乗った説、大田原市前田に藩庁を置いた黒羽藩の藩士寛永年間に「新江」と改めた説、石川県かほく市白尾に江戸時代にあった説などが確認できる。

 すると清左衛門の祖先は下野ないし越前、越中の人で、天正・文禄(1573〜1596)のころ海坂藩主家(海坂藩が庄内藩とすれば酒井左衛門尉家)に仕えたか、最上氏の時代(室町・戦国のころ)から庄内平野に住み着いていたことになる。酒井左衛門尉家が庄内鶴岡城に封じられたとき、すでに酒井家の家臣に列していたなら上士に属したであろうから、最上氏時代に住み着いていた國人と見るのが妥当なところである。

 読者にあっては、

 ――なぜ「三屋」姓にこだわるか。

 と言いたくなるに違いない。

 ――たかが創作上の人物ではないか。

 と。

 それはその通りで、詮索する意味はほとんどない(かもしれない)。ただ、藤沢さんが「三屋」という珍しい姓を、なぜあえて選んだのか、という疑問は残るだろう。

 

【注】本稿は様ざまな書籍、資料およびWikipediaやWebサイトの情報を参照して組み立てています。

今篇の参照は

● 海坂藩 - Wikipedia

● 海坂藩城下町図

● http://todo23.g1.xrea.com/book/img/chizu_inoue.jpg

● 「三屋」(さんや / みつや / みや)さんの名字の由来、語源、分布。 - 日本姓氏語源辞典・人名力

【口絵】https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjca/49/1/49_1_39/_pdf/-char/ja

 

続きは ⬇️

biography.hatenablog.com

アクセスカウンター