10.天下の名物「初花」のこと

の筆者から:この史譚は歴史的事実を踏まえつつ、推測と想像を交えて書いています。小説らしからぬ創作ですので、すべてを事実と誤解なきようにお願いします。

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肩衝茶入「初花」(重要文化財

 宗忠に始まる右馬允家の直系は、弥三郎宗忠―清四郎親常(ちかつね)―清蔵親宅(ちかいえ)―清左衛門親正(ちかまさ)―清兵衛親茂(ちかしげ)―清三郎親安(ちかやす)―五郎左衛門安永―親次―親興―親善と続く。初代宗忠から3代清蔵親宅までは戦国の乱世を生き、4代清衛門親正から6代清三郎親安までは出羽最上代官を世襲、7代安永以下は徳川将軍家の旗本として明治維新まで存続した。

 さて、現状の本稿は「松平右馬允家の研究」のようになっている。いずれこの史譚の中心となる清左衛門の立ち位置を理解するには、家柄と生い立ちが一定のウエイトを持っているから――というのは言い訳で、備忘録として書きとどめておくに過ぎない。読者にあってはしばらく退屈な調査レポートにお付き合い願いたい。

 前回と重複するのだが、初代弥三郎宗忠については、小瀬間城を築いたこと以外、事跡が残ってない。三河の長澤(豊川市長沢町)に生まれ、兄源七郎(一宗)の家臣となることを拒否して独立することを選択した。

 京に出奔して御所の馬寮に潜り込み、従七位上右馬允の叙位を得たというのは、なにがしかの文書が残っているわけではない。筆者の空想、想像である。

 永正3年(1506)に小瀬間城を築きながら「小瀬間」を家名にしていないのは、宗家第5代長親の命による築城だったことを意味している。とはいえそれなりの人数を動員できたのは、右馬允叙位の勢いではなかったか。亡くなったのは天文10年から13年(1541~44)の間、没齢は65歳前後と見られている。

 2代親常は通称を「清四郎」といった。天文18年(1549)から三河今川義元が支配するところとなったこともあって、親常は特段の事跡を残していない。永禄3年(1560)旧暦5月の桶狭間合戦のあと、宗家の松平元康(のちの家康)が復帰したのを機に、岡崎衆に列した。

 3代親宅は通称を「清蔵」といった。

 天文3年(1534)に生まれ、引き続き家康に仕えた。家康が曳馬(浜松)に移り、嫡男信康が岡崎城主となった元亀元年(1570)、岡崎衆として信康を補佐することになった。右馬允家が早くから宗家に臣従していたことから、宗家嫡男の旗本に配されたわけだった。

 家康が浜松に移る前なのか後なのか定かでないけれど、この時期、長澤松平本家の館(長澤城)の城代となっていたらしい。これを以って「長澤郷の代官」だったとする見方がある。

 ところが天正7年(1579)旧暦9月15日、岡崎信康が二股城で自刃せしめられるという事件が出来した。そのことを知って清蔵は三河を出奔してしまった。これが右馬允家に転機をもたらした。

 むろん、近親者はれどころではなかった。なにはともあれ後継者を決めなければならない。そこで家督は嫡男の清蔵(親重)が継ぎ、弟の親成が後見することとなった。

 ちなみに長男の正次は常々病弱だったためか、これから8年後の天正15年(1587)、家康の命で大河内孫太夫(秀綱)の男児長四郎(正綱)を養子に迎えている。

 天正11年(1583)5月、賤ヶ岳合戦に勝利した豊臣秀吉への祝い品に苦慮していた家康のもとに、腹心の本多弥八郎(正信)が袱紗に包んだものをそろりそろりと運んできた。

 ――何であるか。

 訝る家康の前で、袱紗が開かれた。

 目に飛び込んできたのは、小さな肩衝の茶入である。

 肩衝とは器の肩部は水平に張り、底に向かって緩やかな湾曲を描いてすぼまっていく。

 ——これは……。

 家康は息を飲んだ。

 まさしく「初花」と銘された茶入である。それは茶道において「天下三大肩衝」「天下の大名物」とされていた。

 我が朝に伝来する前は唐の楊貴妃が所有していたとされ、銘したのは室町第8代将軍足利義政である。その後、堺の豪商天王寺屋鳥居引拙(村田珠光の門人)、京の大文字屋疋田宗観を経て、永禄12年(1569)ごろ、織田信長に献じられた。

 信長は安土城で開いた茶会で皆みなに披露し、家康は直に手にとってまじまじと眺めたことがある。

 それが、いま、家康の目の前にある。

 

【注】本稿は様ざまな書籍、資料およびWikipediaやWebサイトの情報を参照して組み立てています。今篇の参照は以下の通りです。

●「三州諸士出生記」

● 松平信康 - Wikipedia

● 松平念誓とは - コトバンク

● 初花 - Wikipedia

【口絵】https://seiyudo.ocnk.net/product/5619  から

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