31.久々の寄騎衆評定のこと

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服部半蔵正成:Wikipediaから

 話が前後しているので、筆者のメモとして書いておくのだが、年次は慶長2年(1597)、念誓64歳の10月である。旧暦の10月は新暦の11月中旬から12月にかけての時期に当たる。

 念誓宅もしくは額田屋には、三河に残留した伊賀者、移り住んできた三ツ者が出入りする。それは背籠いっぱいに詰めた青菜の購入を額田屋に求める百姓であったり、三八市で品物を仕入れる物売りであったりする。長く徳川家の代官を務めていたので、念誓は誰が伊賀者で誰が三ツ者か、頭目は誰かを承知している。

 ――お屋形さまがお戻りになるとき、貴奴らは必ずや力になる。

 が念誓の信念といってよく、商売をしたいと言ってくれば一も二もなく応じ、仕事がなければ額田屋や田村甚介の手伝いをさせる。風魔党の狼藉は、そのようななかで念誓の耳に入ってきた。

 早晩、この岡崎城下にも出没するであろう。

 ――いかがするか。

 額田屋の奥、荷ほどきをする土間に面した広間に、槇六郎左衛門以下、腹心の手代が居並んだ。普段と目つき口調が違うのは、かつて土呂陣屋で行っていた寄騎評定の再現だからである。

 ――とは申せ、いまの我らにできることは……。

 次席の川井惣五郎が言う。いや、かつて次席寄騎だった、というべきだが。

 念誓は額田屋の主であって、三八市評定衆の一人に過ぎない。土呂陣屋を差し置いて動くわけには行かぬ。となれば額田屋と市に限って、自警するのみであろう。

 それは全員が了解だが、市の自警について、やや議論がある。市に店を出している者、市に運ぶ荷役も自警の範疇に入るか、ということである。常時となると額田屋の手勢では追いつかないが、目に余る狼藉があった場合はその限りではない。

 ――限りではない、とは?

 槇六郎左衛門が言うのは、探索、捕物、場合によっては格闘も辞さないのか、だ。評定衆の裁可を踏むとしても、下手をすると土呂陣屋を敵に回すことになりかねない。

 ――そのときは儂から話を通す。陣屋方とともに動けばよい。

 念誓の一言で衆議は収まった。

 これからしばらくして、矢作川に若い男が浮いた。日をおかず、今度は大日山の杣道で男が二人倒れていた。槍状の武器で胸元、頸を刺されていた、という。

 それは「苦内」の傷と思われた。

 忍が使う小さな武具で、尖った先を突き立てて木や石垣に登ったり穴を掘ったりもする。伊賀者は箸や鎌など、生活具を武器として使うのが普通なので、下手人は風魔党であろう。

  ――ということは……。

 伊賀者と風魔党の闘いが始まったのか。

 いま、風魔党は雲霧のように忍び寄り、三河の伊賀衆がその前に立ちはだかっている。それは富士御師の九一色衆に続いて、興国寺城天野康景、駿府城中村一氏が率いる甲賀衆が突破されたことを意味していた。

 このことを、岡崎城の田中家家中、土呂陣屋の寄騎がどこまでつかんでいるか。

 折しも念誓がいつものように旧知昵懇めぐりに額田屋を出て、菱池で供回りの熊田新五郎が小用を足しに離れたとき、

 ――ご坊。

 と声をかけた護符売りがある。

 念誓がちらりと見ると、菅笠の下には頬疵が走っている。

 ――井之口にて。

 信長が「岐阜」と改める前の地名である。念誓が信忠の同朋衆だったころとなれば、肩衝茶入「初花」を城中の蔵から抜き出した忍の一人ということになる。

 念誓が言葉を探していると、護符売りは

 ――これを。

 と文を渡して過ぎていった。

 後刻、自室で文を開くと、「―風魔を打ち懲らしめるのに手を貸してほしい」ということが記されていた。

 文の主が何者か、署名はない。

 ——おそらく伊賀者であろう。

 としか分からない。

 なぜ三河の伊賀者が風魔党を排除したいのかといえば、人々の暮らしを安寧に保ちたい、命を守りたいからではあるまい。自分たちに銭が流れる仕組みを策しているにほかならない。風魔党が岡崎城田中吉政の雇いになったりすれば、自分たちの仕事が減る。

 念誓としては、土呂の三八市に障りが出たり、額田屋の者や自分に危害が及ばなければそれでいい。被害を受けていないいま、風魔党を憎む理由はなく、まして出家なれば、命のやり取りを応援することはできぬ。といって下手に断ると、風魔党の手口に見せかけた荒事を働くかもしれぬ。

 思案しているうち、

 ――半蔵に文を出すか。

 服部半蔵(正成)は伊賀組同心の頭で、慶長2年10月の現在、半蔵は家康本陣備えの一人として九州の名護屋にいる。

 幼いこと、名乗りは弥太郎といい、大樹寺(安祥松平宗家菩提寺)の小僧だった当時から念誓は半蔵を知っている。伊賀者の暴走を止めるように伝えてそのようになれば、闇から闇の殺戮はなくなるかもしれないが、風魔党は勢いを得る。

 名護屋で徳川陣営の足軽たちが、隣り合った前田利家陣営の足軽たちと水汲みの諍いごとを起こした。半蔵はそれを収めるどころか、火縄銃を持ち出して合戦に及ばんとしたという。50を過ぎて短慮が勝るようになったらしい。念誓からの依頼が逆こうかとなり、いきり立って配下に号令すれば、闇の闘いはさらに激化する。

 ——手詰まり、か……。

 ややあって、今度は城下の川向こう、矢作村の一文字屋で金蔵が破られた。三八市の常店で初の被害だった。ただ血は一滴も流されておらず、盗まれたのは銭函が1つ、銭にして5貫文(5千文)ほどである。

 伊賀者が評定衆

 ――銭を出せ。

 と迫っている。

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